今日はテキストを載せてみます。ひっそりと。
友人に本やCDを貸す時、
僕は彼らがうらやましいと思う。
なぜなら、その本をまだ読んだことがないからだ。
僕がもう一度その本を読んだとしても
味わうことの出来ない「初体験」による感動を
彼らは味わうことが出来るからだ。
(いや、味わえないかもしれないけど)
僕はもう、「初めて『ビートルズ』を聴く」ことが出来ない
僕はもう、「初めて『長いお別れ』を読む」ことが出来ない
僕はもう、「初めて『スティービー・ワンダー』の『インナー・ビジョンズ』を聴く」ことが出来ない
「初体験」で得られる情報量は
その後の体験で得られる情報量より
はるかに多いと思う。
で、「初体験」に最も多く遭遇する時期が青春ってやつではないかと。
「初体験」というのは、未知のことなので
その人にとって動物本能的に危険だ。
だから、おのずと感覚も鋭敏になるし、
警戒心も強くなるし、
その結果慌ててとんでもないことしてしまう。
その代わり、記憶にも鮮明に刻まれる。
で、多くの青春後の人達は
青春時代は貴重だと言う。
それなのに、
多くの人間が青春を
てきとーにどーでもよさそーに過ごすのは
まさにそれが「初めて」なので、
その貴重さが分からないからだ。
実を言うと、体験することの中で
「初めて」でないことは、
厳密には存在しない。
あらゆる体験は、「初体験」である。
前回と同じってことは絶対にない。
じゃあ、厳密には死ぬまで青春じゃん。
なのに、
そうじゃないと言われているのはなぜだろう?
それは、
本当は「初体験」なのに、
もう「初体験」じゃないと感じてしまっている
そんな自分を発見しまったのではないか
あれ?俺、慣れちゃった?
そう、思っちゃったら、
もう青春とはおさらばなんじゃないか。
と思う。
無意識のうちに、今までの体験の要素の
順列組み合わせで予め対応できてしまう自分
(その対応がうまく行っているかいないかは別として)
初めてであるはずなのに
そのドキドキを余裕を持って味わってしまっている自分
青春後です。赤夏?
そういう意見。
でもまあ、車の運転でもそうだけど
「慣れた」と思ったころに
本当の危険はやって来たり。
青春が終わってすぐが一番危険なのかも。
今さら恋にはまってしまったり
あるいは、中年の危機がやってきたり
だんだん思考が発散してきたので
やめときます。
過去の記事と語調が全く変わってしまった。