芸術系コンテンツデータ販売のインフラとしての少額課金システム

twitterで、音楽を売るということについて
金曜日あたりに少しずつつぶやいていたのだけど
カオマンガイを食べに行ってしまって
途中で終わってしまっていた。

だから、まとめ及び補足をかねて
再度、書いてみる。

さて。
音楽を売るということが
データを売ることと等しくなりつつある昨今。

(もちろん高齢者を中心とする
PCを扱えない人たちにとっては
CDが今後もメインの音楽媒体となるわけだけど)

音楽を売るということはどういうことなのだろうか。

あ、ここでは
録音物としての音楽データを売る行為について
話してます。
音楽を売る=ライブのチケットを売るというのは
ひとまず置いておきます。
(僕がライブしないので)

音楽を聴く人たちにとって
音楽データというのは
その人が望めば、たいていの場合無料で手に入る。
ちょっとした一手間かけるだけで。

YouTubeを検索すれば
たいてい聴きたい楽曲はあがっていて
タダで聞くことができるし
Youtubeにあがっていれば
専用サイトでファイルにしてPCにダウンロードできて
iPodなどに入れてしまうこともできる。
P2Pソフトを使うまでもなく。

もちろんP2Pソフトを使っても
無料で手に入る。

また、友人からタダで音楽データを
CDRに焼いてもらうこともできる。

だから、彼らにとって
音楽データというモノ自体の値段はゼロ円だという
感覚があってもおかしくはない。

僕もYouTubeで音楽を漁ってしまう。

制作者側から見れば
音楽データの値段は、
制作コストと流通コストに分かれていて
インターネットの普及で流通コストが
著しく小さくなっている。
しかし、制作コストはそれほど小さくなってはいない。
つまり音楽データの値段はゼロ円にしたくない。
だから、リスナーと制作者間で
音楽データの値段の感覚にギャップが生まれている。

音楽データという
01000100…みたいなビットの配列は、
いくらでも複製可能だけど
その並びを作るには時間とお金がかかっているというわけだ。

で。
音楽データ自体はタダという感覚の中で
それでも音楽データにお金を払う動機があるとすれば。

「ビットの並びを作ってくれる人への支援」
といった色合いを帯びてくるのではないかと思う。

なぜなら、音楽を愛好する人にとって
音楽データはタダだけど、
それがなくなるのは困るからだ。
これからも音楽を作っていってほしい、だから支援として
音楽データにお金を払う、
という動機と行為はありうる、と思う。

で、そのようにリスナーがいわば
サポーターへと変化するにつれて
つまり、作品ではなく人に対してお金を払うというふうに
変化するにつれて
音楽の評価も作家主義的な傾向の評価に変わっていくのだろうと思う。
作家主義というのは
「あの人が作った音楽だから、すばらしい」
「あの人が作った音楽だから、お金を払う」
という考え方のことだ。
そして、それに呼応して
音楽制作者も作家主義的に評価されやすい作品を作る
方向へとシフトしていくと思う。

例えば
・作品というより生き様を見せる作風
・作品というより面白いパフォーマンスをする作風
・イケメン
・毎回すばらしい作品を作る

最後は王道ですけど。
まあ、なんというか、すくなくとも日本はもともと作品単体より
人を評価する傾向が強いと思うけど
よりそれが極端になるのではないかなと。

つまり、作品単体だけで見れば音楽データでは
ロングテール現象は起こりにくい状況と言える。

また、作家主義的傾向が強まる中
まつきあゆむさんが行っている
M.A.F.は合理的だと言える。
なぜなら、あれはまつきあゆむさん個人を支援する基金だからだ。

ここまでをまとめると

・音楽データの無料環境の普及
・リスナーと制作者との価格感覚のギャップ
・リスナーのサポーター化と作家主義的傾向

という話なのだけど

リスナーのサポーター化は、
今話したように
「一手間かければ無料で音楽が手に入る」
という前提がある。
なので、その一手間よりも、簡単に、より少額(10円とか)で
音楽で手に入ることができれば
その前提が揺らぐ。

従って
少額課金システムの出現と普及が行われれば
一貫して続いている作家主義的傾向からの揺り戻しが
期待できると思う。

少額課金システムというのは
1円とかそのくらいの少額からお金を払うことができるシステムだ。

それが、普及して
ユーザーが手間をかけずに1クリックくらいで
気に入った瞬間に支払いができるようになれば
作品が気に入ったから、という動機で音楽データを購入するようになる、
と思う。

で、僕が思うに、
世の中の音楽、映像、文章、画像、といった分野で
商売を成り立たせる方法として、
「少額課金システムの出現と普及」は
とても有効だと思う。
そして、そのあたりは既にアップルやGoogleやAmazonが狙っていると思う。

似たものとして携帯電話での
ネットの課金の仕組みがあげられる。

で、ここまでは
実は去年の秋・冬くらいにtwitter上で
つぶやいていたのだけど、

そこから知った新たな情報として
少額課金システムを阻む要因があるということ。
小額課金では一回の取引での金額が少ないので
一回の取引にかかるコストの方が上回ってしまう可能性があるようだ。
よくわからないけど。

例えばクレジットカード会社が
一回の取引に10円のコストをかけているとすると
10円の取引では利益が出ないということになってしまう。
この辺がクリアできれば
少額課金システムは成り立つのだろうと思う。

amazonなど現行サイトでの課金で
1ヶ月ごとにまとめて払うサービスがあったりしたら
この少額取引コスト問題は解消できるのかな。

現在の作家主義的傾向にしろ
少額課金システムの少額取引コストの問題にしろ
どちらもわりと過渡期の問題であるには違いないと思う。

グローバル化とは、資本の流動化であるらしいから、
グローバル化が進むなら、流動化の究極である
少額課金のインフラもいずれなんらかの形で整備されるんじゃないかなと
思ったりする。

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