ブログ再開します。
今から書くことは、問題意識として
「邦楽って衰退する一方だなあ」
というのがあって。結論としては
「音楽はまず聴かれないことには始まらない。」
「音楽と偶然出会う場所が縮小傾向」
という話。
それで章立てとしては
- 要約
- 僕はどこで音楽と出会っていたのだろう
- 最近の風潮の勝手な憶測
- 音楽はまず聴かれないことには始まらない
- インフラを整えることが大事
- どうやってインフラを整えようか
- 最後に
という感じ。2回に分けます。
要約
昔はテレビやラジオやCDショップで邦楽を聴きまくっていたけど、
今はそれぞれ邦楽を聴く場所としては縮小傾向だなあと。
音楽というものは、聴かないことには良さがわからないし、
聴き続けないと欲望も育たない類いのもの。
だから、邦楽がこのまま廃れていくのを防ぐには
まずは邦楽を手軽に聴けるインフラを作ったり支援したりすることが
必要なんじゃなかろうかと。
(ポピュラー音楽というものは
思想的に観点からして前時代のもので遅かれ早かれ衰退が約束されている
みたいな話もありそうだけど)
僕は音楽とどこで出会っていたのだろう
こんな感じだった。
・小中学時代:テレビのドラマや音楽番組で出会っていた。
・高校大学時代:CDショップの視聴機やラジオで出会っていた
・社会人:CDショップの視聴機、ごく短期間だけどMySpace
邦楽が衰退する一方のについての勝手な憶測
幾つか、邦楽が衰退する原因を考えてみた
邦楽は恥ずかしい
僕はテレビを持っていないので100%憶測なんだけど、
今テレビで流れている音楽ってあまり面白くなさそう。
というのも、ラジオはほんの時々聴く機会があるのだけど、
そこでパーソナリティのお喋りの合間に時々流れる邦楽が
ものすごく恥ずかしい、と感じるからだ。
つまり、同じような邦楽がテレビでも流れているんじゃないかと。
どう恥ずかしいかっていうと、青臭いだけならまだいいんだけど
消毒されているというかなんというか。
このページが結構代弁してくれている感じ。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1070640450
というわけで、既存の邦楽好きはもはや最近の邦楽をあまり聴かないんじゃないか。
特に洋楽も両方聴く、みたいな人たちは。
若者のテレビ離れ
そもそも若者はテレビをあまり見ないらしい
http://www.garbagenews.net/archives/1814508.html
僕はもはや若者ではないけど、家にテレビを置いていない。
だけどなんというか、テレビやメジャーレーベルが奨める音楽に対する
信頼性というのが減っている気がするなあ。
ラジオの音楽離れ
これは数年前からなんだけど、ラジオって音楽をあまりかけなくなった気がする
基本的にお喋りばかりで、ちょっと休憩みたいに音楽が流れる。
そういえば、KARAとかKPOPってあまりラジオでかからない気がするんだけど
気のせいだろうか。まあ、映像と一緒で初めて成り立つものではあるのかもしれない。
大手CDショップ離れ
大手CDショップになぜだか僕は行かなくなってしまった。
昔は帰宅途中でわざわざ寄っていったりして視聴機で聴きまくっていたというのに。
Youtubeなどネットの影響で視聴機の必要性が薄まったというのもあるだろうけど
大手CDショップは「新しい音楽を提案する」機能もあったはず。
それが弱まった気がする。多分いろいろな要因があるのだろう。
下記を読んで、そう思った。
・HMV渋谷店が8月に閉店で思うこと。
http://togetter.com/li/27740
まあ、そんな感じ。後編はじゃあどうすべきか、という内容かな。。。
モテキ映画版を観て、凄い多幸感に包まれたのですが
ああいうサブカル人口もこれから縮小してくんですかね。
主役も青春真っ只中は90~ゼロ年代だったし、
そもそも聴いてる音楽がその時期のものだし。
あ、でもシシドさんが言ってるのはサブカル人口が減ってくってことじゃなく
その中で邦楽の存在感が減っていく、ってことか・・・
サブカルとオタクカルチャーを分けるならば
縮小していくのかもしれないですね。。。でも、
サブカル=青春時代の自意識の投影先
という見方をすれば(無理矢理?)、投影先のメジャーどころが
邦楽→オタクカルチャー
に移っただけとも言えるかもしれないなとも思います。
そういう意味では形は変わってもサブカル的なものは
残っていくのではないでしょうか?
なぜ「青春時代の自意識の投影先」が
邦楽じゃなくオタクカルチャーになったのか
というのは、結構興味があります。
あと、その多幸感について詳しく知りたいです。